続いて、社長辞任後に何の役職に就くのかとの質問が出ました。
「U会長も私も完全に経営から身を引く。
その後のタイトルは決まっていないが、社内ルールで決まります」との答えでした。
手元の資料は恐らく社内のスタッフが記者会見用にまとめたものでしょう。
当たり前ですが、退職慰労金などについてまで勝手に書けるわけがありません。
S氏は社長辞任の件で頭が一杯で、まだ退職慰労金や辞任後の役職まで考えが及ばなかったものと思われます。
しかし自分の退職慰労金や辞任後の身の振り方は、その場で自ら決めればよいわけで、即答できたはずです。
何も資料や社内ルールに頼る前に、自分の頭で考えれば済むことです。
当時、同社の広報担当者は、不正入札事件について「社長は本当に知らない。
社長だからといってすべてを知っているわけではない」と説明していました。
総合商社のビジネスは非常に広範囲にわたりますから、社長が細かなことまで知らなくても不思議ではありません。
ただし事件が発覚した段階で、直ちに自ら事実の把握に乗り出すべきではないでしょうか。
日本経団連の企業行動憲章は、不祥事を起こしたら「経営トップ自らが問題解決にあたり、原因究明、再発防止に努め」「自らを含めて厳正な処分を行う」ことを会員各社に求めています。
また経営者は従業員の行動について「知らなかった」では済まされないとクギを刺しています。
部下のお膳立てに乗っかる経営トップは、組織の安定という観点からは望ましいかもしれません。
自ら判断して動かれると、迷惑を受ける関係者もいるでしょう。
みんなで取りまとめたコンセンサスに従って動いてくれれば、安心です。
しかし「よきに計らえ」「うまくやれ」という経営は、きちんと進むべき方向や守るべき価値観を明示しないわけですから、社員がそれぞれ思い思いに動き、組織として無責任体制に流れる危険性があります。
要するに、事実上、経営者不在の状態なのです。
バブル経済のころまでは、大企業については極端な言い方をすれば誰が社長でも、経営はたいして変わりませんでした。
業界横並びの経営でも一定の業績を維持できたので、それでも通りました。
部下が事業計画案を持ってきたら、社長は「よそさんはどうしている?」と他社の動向をチェックするだけで良かったという笑い話もありました。
経営環境は既述の通り一変しましたが、人の意識や組織のおり方はすぐには変わりません。
経営者層の質的劣化や人材不足を危ぶむ声があちこちから上がっているのですが、全体として見ると、遅々として改善しないのは、こうした事情があるためです。
米国産業を再生させた立役者たち しかし今は、夜明け前の一番暗い闇の状態なのかもしれません。
米国は日本より十年くらい早く、同じような道をたどっています。
かつては米国も大企業では長期雇用が珍しくありませんでした。
日本的に言えば、終身雇用です。
生え抜きのバランスのとれた組織人がトップ経営者になって、大組織を切り回していました。
二十世紀初めまでは、カリスマ的な創業オーナーがたくさんいて、辣腕を振るっていました。
世代交代が進むに従って、高学歴の日本のサラリーマン経営者に似たタイプのテクノクラート型経営者が台頭してきたのです。
異変が起きたのは九〇年代前半です。
機関投資家などの圧力が強まり、業績の振るわない大企業の経営者の刷新が進みました。
I社、G社、E社・C社などで、社外取締役を中心とする取締役会によって、最高経営責任者(CEO)の更迭が相次ぎました。
I社は、生え抜きのE氏に代えて、R社の会長兼CEOだったL氏を招き、企業文化も含めて経営を抜本的に変えました。
L氏は著書の『巨象も踊る』(山岡洋一・高遠裕子訳)に面白いエピソードを書いています。
就任早々、約五十人の経営幹部が顔をそろえる本社の経営会議に出席した時のことです。
「男性が全員、白いシャツを着ていたのが印象的だった。
例外がひとりいた。
わたしだけ、ブルーのシャツを着ていた。
I社の経営幹部としては、常識を大きく逸脱する服装だったのだ」。
何週間か後、同じ会議で今度は、全員が色物のシャツで、ガースナー氏だけが白いシャツでした。
当時のI社の官僚的な体質を象徴しています。
赤字に転落したI社は早々と、V字型回復を達成し、従来とは違う顧客志向のサービスーカンパニーとして再生しました。
ゼネラル‐エレクトリック(GE)のシャッターウェルチ氏は生え抜きですが、株式市場を重視して果断な経営によって企業価値を高める点て、L氏も含めて九〇年代以降に高く評価されている経営者と共通するものがあります。
一方、不正会計事件などの不祥事を起こす「強欲」な経営者も多数出てきました。
このような負の側面もありますが、M社を創業したB氏やD社のM氏など、ベンチャー企業の経営者もたくさん生まれ、米国産業は再生しました。
この国にも新しいタイプの経営者が現れ始めた 日本でも、経営者のタイプが変わりつつあります。
現場に飛び込んで、事業を自ら作るハンズオン‐タイプがちらほらと出てきています。
例えば、N社とN製作所のDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)部門が統合してできたE社(東京都C区)に招かれたS社長はその一人です。
T社副社長などとして経営手腕には定評があります。
二〇〇二年十一月に社長に就任して、デジタル家電ブームにも助けられて、二〇〇四年一-三月期に黒字を達成する見通しです。
スピードと行動力があり、米国のI社に乗り込んで、千七百億円の資金を調達し、増産体制作りに着々と手を打っています。
坂本氏は二〇〇四年中に株式上場を目指しており、株式市場からも注目される存在になっています。
旧財閥系の素材メーカーのような伝統的な会社にも変化が起き始めています。
Mグループの旭硝子は二〇〇四年三月下旬に社長が交代します。
新社長はK副社長執行役員で、同社の主流である板ガラスなどの経験が全くないという珍しい経歴の持ち主です。
入社以来、ブラウン管事業に携わり、現在はディスプレーカンパニーのプレジデントをやっています。
実はK氏が担当するこのディスプレー用ガラスが現在の旭硝子の稼ぎ頭なのです。
プラズマパネル向けは世界で圧倒的一位で、液晶パネル向けも世界二位。
同社にとって新しい事業をコア(中核)事業に育て上げた起業家的な手腕が認められたのでしょう。
社長は主流の板ガラスや自動車ガラスなどの経験者からという固定的な発想を捨てたところが重要です。
ディスプレー用ガラスのビジネスは、エレクトロニクス産業の一環です。
思い切った設備投資の決断やスピードある経営ができなければ、今は勝者でもいつ敗者になるかわかりません。
これからの旭硝子を託す社長には、皮膚感覚でディスプレー事業がわかった方が望ましいとの判断が働いたものと思われます。
板ガラスなどを経験していないのは、マイナス点でしょうが、K氏は、ディスプレー事業を育てたことで、生きた経営の勘を身に付けたはずです。
同社は四つある社内分社のカンパニーのうち二つのプレジデントに外国人を起用するなど、革新的な幹部人事を既に実行しています。
また「指名委員会」を二〇〇三年六月に設置し、今回の社長候補の絞り込みをそこで議論している点も注目されます。
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